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この数年オーストラリアは雨が多く地域によっては洪水が発生したりしていましたが、以前は干ばつで雨がほとんど降らず、ブルーマウンテンズも夏は山火事(ブッシュファイアー)の季節となり、煙で遠くの山もかすんで見えたり、煙で息苦しかったり、トレッキングコースがクローズになったりということがよくありました。
そんな時はブルーマウンテンズに数ある滝も水が枯れてほとんど落水しなくなっていたりします。

しかし近年は、雨量が多いので川にはごうごうと水が流れ、滝を落ちる水の量もかなり多くなっていて迫力のある風景を見ることができます。シドニーの水がめであるヤラガンバ ダムも一時は30%を切っていたこともあったのですが今年は14年ぶりに100%を超え、ネピアン川に放水しました。


ブルーマウンテンズ国立公園は地形的にたくさんの滝があるのが、私がブルーマウンテンズのトレッキングツアーでご案内するコースはブルーマウンテンズで最大の滝「ウェントワース フォール周辺スで、大小さまざまな滝が見られるコースです。

初めにクイーンビクトリア ルックアウトからジャミソンバレーの景色を見たあとしばらく歩くと、エンプレス フォールを見下ろし、下っていくと滝壺に到達しますがここではよくアブセイリングをしています。その後もシルビアフォールなどの複数の滝が続き、途中から断崖絶壁の中腹を歩くコースになっていきます。真上には崖の岩肌が、下には谷の景色が遠くまで見渡せ、しばらく歩くとウェントワース フォールが正面にあらわれてくるという変化に富んだ素晴らしいコースです。

滝

今年の初めにこのウェントワースフォールの滝壺で泳いだり水遊びがしたいというシドニーに滞在している元気な4人の女の子たちをトレッキングツアーにご案内した時の写真です。

霧のスリーススターズと4人の女子学生

滝壺で遊ぶ女子学生2

マイナスイオンもたっぷりでとっても癒されました。

滝壺で遊ぶ女子学生


ウェントワースフォールはとても大きく、何段にも分かれていて空撮でもしないと全体が分かりません。

ウェントワースフォール1
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ここ数年夏でも雨が多く、ブルーマンテンズでもこんな幻想的な景色もよく見られます。


霧のスリーシスターズ
霧のスリーシスターズ

キングステーブルランドから見た雲海
ジャミソンバレーの雲海
毎年3月の第2土曜日にブルーマウンテンズの中心地カトゥンバの町の近くからオーアウトラリアで一番過酷と言われているマラソンレースが開催されています。

その名も「シックスフット トラック マラソン」

2000年11月に世界遺産に指定された景勝地ブルーマウンテンズ国立公園の中の45kmを走るこの大会は1984年に始まりオーストラリアで5番目に大きなマラソン大会で100%オフロードのコースでのトレイルランマラソンとしてはオーストラリア国内最大のイベントです。このレースではルーラル ファイアーサービス(山火事の消火、消防活動費)と6フットトラック基金への募金活動も行っています。

シックス フット トラックはもともと入植者が物資を運ぶために作られた道ですが、今では2泊3日キャンプをしながらのトレッキングコースとして有名です。
シドニー郊外の有名な景勝地ブルーマウンテンズの中心の町カトゥンバからほどない場所にある「探検家達の木」のそばから出発し、ジェノランケーブ(鍾乳洞)までの全長45キロメートルの大変変化に富んだトレッキングコースです。ユーカリの森の大自然をたっぷりと楽しみことができ、カンガルーやワラビーなど森の動物達にたくさん出会うことができます。


6ftStartブログ用
マラソン スタート地点

毎年参加者希望者が増え続け、最近はニュージーランド、ドイツ、アメリカ、カナダ、日本など海外からも参加しています。800名の出場枠に最近は毎年1200名近い応募があり、出場基準も厳しく、1年以内にフルマラソンで4時間以下や国内外のウルトラマラソンなどに制限時間以内で完走など初心者はとても出場できません。毎年数百名のキャンセル待ちランナーがいます。

このマラソンコースはオーストラリアのマラソンコースの中で最もタフだといわれていますが、激しいアップダウンの連続だからで、標高差は900メートルもあります。
スタート地点の断崖絶壁の上から谷底まで一気に駆け降り、途中、川を腰までつかってざぶざぶと渡り、今度はだらだらと続く上り坂。最後はジェノランケーブまでの急な下り坂でゴール。

ちなみにこのレースの制限時間は7時間、今までの最高記録は3時間15分、2009年地元ブルーマウンテンのランナー、ベン アータップさんが出した記録です。

6フットゴール2010優勝者ブログ用
ゴール地点のジェノランケーブ

その過酷なレースに本年3月、日本からベテラン トレイルランナーが出場するためにやって来、私がご案内させて頂きました。
この方は、3年前に私がタスマニアのトレッキングツアー(いずれまたブログでご紹介します。)にご案内した30人の日本山岳会のグループのお一人で「クレイドルマウンテン登頂の翌日の自由時間にはお一人でまた頂上手前まで走って行かれたという強者です。60歳を超えていますが、北海道のサロマ湖100kmウルトラマラソンも十数回完走し、「サロマン ブルー」という称号も持っている方です。レース出場資格基準には問題ないので主催者と交渉して海外枠で出場権を取得しました。

奥様も日本山岳会のメンバーでタスマニアもご夫婦で来られたくらい、山登りがお好きなのでこのレースにご主人が参加した後、オーストラリア最高峰コジオスコ山トレッキングにご案内するという日程を組ませて頂きました。

しかし、レース2日前、お二人がシドニー空港に到着したその日の午後、なんと

レース中止のお知らせがメールに!!

ここ数年異常気象で夏に雨が多いシドニーですが、その前の週やこの日の朝も土砂降りの雨でした。しかしそれは午後には上がっていました。週末のお天気は悪くなさそう。。。と思っていたら何と残念な結果に。

シックスフットマラソンのコースの一番標高の低い部分はコックス リバーという川を腰までつかりながら越えなければなりませんがその川の水位がついに安全に越えられるところまで下がらなかったので中止の決断をした。

とのことでした。大会開始以来初めてのことです。

5,6年前まではオーストラリアは干ばつ続きで川の水が干上がるくらい(その辺の川には野生のトラウトが生息しており、よく釣りに行っていました。)だったのに、今度は洪水です。

オーストラリアの気象の変化はあまりにも無慈悲で極端すぎます。

しかし、自然のことだから仕方がありません。

翌日は予定通りにブルーマウンテンズに入り、予定にはなかったトレッキングを楽しんで頂き、レースがあるはずだった日はコースの一部を奥様も一緒にみんなで歩いてみました。

シックスフットマラソンHGSYM

その後のコジオスコ トレッキングは予定通り楽しんで頂きましたが、マラソンレースはまた来年もありますのでぜひまた挑戦して頂きたいと思います。
オーストラリア最高峰コジオスコ(コジウスコ)山トレッキングツアーに参加されたお客さんは多くの場合シドニー郊外のブルーマウンテンズのトレッキングツアーにも参加されます。


世界中からたくさんの観光客が訪れるシドニー。ある統計ではシドニーを初めて訪れる観光客の90数パーセント(つまり、ほとんど!)が訪れるのがブルーマウンテンズです。
ブルーマウンテンズ国立公園は2000年の11月に世界遺産に指定されてから更に人気が高まったようです。

スリーシスターズ


一番有名なのはスリーシスターズ。カトゥンバの町にあるエコーポイントの展望台からの三人姉妹の奇岩、スリーシスターズと雄大なユーカリの森のジャミソンバレーを見下ろします。
そしてブルーマウンテンズ名物のトロッコとロープウェイに乗って。。。観光バスのツアーだとあとはお昼を食べて町に帰ってお土産やさんに連れて行かれるというコースが日本人観光客には一般的です。

またあまり知られていないのかもしれませんがブルーマウンテンズ国立公園には全体で長短様々300の以上のトレッキングコースがあります。短いものは20~30分で往復できるコースもあるし、長いのはキャンプをしながら2泊、3泊して歩くコースもあります。

キングス テーブルランド


私の日帰りのトレッキングツアーでは往復3~4時間くらいかけて谷底まで降りて登ってくる変化に富んだ素晴らしいコースをご用意してますし、ご希望の方にはそれ以上のコースに挑戦して頂くこともできます。

ウインドエローディッドケーブ


たくさん歩くのはどうも苦手という方にも4WDで未舗装の道を走ってその先をちょこっと歩くとだれもいない貸し切り状態の場所からものすごい景色を見ることもできます。
(4WDで行くブルーマウンテンズツアーグルメランチと見どころ満載コース)、

これは実際に見ないと感動が分からない「神秘の土ボタルのコース」秘境に入っていく楽しさがあります。

さあ、皆さんも世界遺産のブルーマウンテンズに行ってみませんか?

ライアーバード
見ようと思ってもなかなか見れないライアーバード(コトドリ)
昨日、片山右京さんに、「今、大窪康之さんがマッキンリー挑戦中ですので是非応援のメールを打ってあげてください」とメールしたところ、すぐに「メールもさせてもらいました。マッキンリーは簡単じゃないですよね。」と返事がきました。素早いです。本当に素晴らしい人です。

右京さんには私がご案内させて頂いたときに大窪さんのことはお話しさせて頂いたし、大窪さんにも右京さんのことは私がメールでお知らせしていました。お二人ともたくさんの子供たちに夢と希望を与えてくれています。お二人はある意味同じ側の人間であり「同志」です。大窪さんもマッキンリーに成功したら残るはエべレストだけとなり、右京さんも年末にエべレストに挑戦です。お二人のご活躍に期待し応援していきたいです。


さて、今日はコジオスコ周辺に咲く、お花の紹介です。

オーストラリア最高峰コジオスコ(コジウスコ)山はNSW州で一番面積の広い国立公園ですがこの地域にしか生息しない植物がたくさんあります。

今日はオーストラリア最高峰コジオスコ(コジウスコ)山登頂トレッキングツアーで見ることのできる代表的な高山植物のご紹介です。

まずはシルバースノーデイジー毎年12月後半から1月くらいに満開になります。
シルバースノーデイジー満開ブログ1


黄色いボタンのようなその名もビリーボタン
ビリーボタンblog1


ランの種類のマウンテン カラデニア
マウンテン カラデニア


アルパイン サンレイ 一見スノーデイジーと間違いそうですが花弁がたくさんあるエバーラスティングの種類です。
アルパインサンレイ拡大ブログ1


アルパイン マーシュ マリゴールド
マリーゴールド

(以上 すべての写真の撮影者は私自身です。)

その他、アイブライト、バターカップ、マウンテン ジェンセンなど可愛いらしくて奇麗な高山植物の花がたくさん咲いています。
フェイスブックの使い方もまだよくわからず、このブログを始めた私ですが、実は片山右京さんのフェイスブックを初めて読んだのも実は数日前です。

友達リクエストしたら「既に友達の上限に達しています。」となってしまいました。フェイスブックには友達の数に「上限」てあるんですね。知らなかった。。。しかし上限に達するというのも凄いですよね。
フェイスブックには「フィード購読」という機能があると知り、フィード購読させて頂きました。

読みながら思いました。「もっと前から読んだら良かった!」と、ものすごく後悔しました。

内容というか、右京さんの何気ない一言一言が凄いんです。

たとえば

「今日という、何気ない小さな1日。
これがどれくらい大きな差になるのかは分からないけれど、
この小さな積み重ねを信じるしか、僕には他に道がない。
だってさ、やらなかったらゼロだから。」
片山右京さんフェイスブックから引用)

本当に心にしみます。

常に自分を見つめ自分を自分で奮い立たせストイックな生き方をしている人です。

右京さんのフェイスブックには、F1レースや登山で常に死と隣り合わせの極限まで自分を追い込んだ右京さんの哲学的な言葉がたくさんあります。
子供達に呼び掛けるやさしい思いやりの言葉があります。

右京さんは毎日、毎日、自分をこんな風に奮い立たせ、周りの人にこんな風に言葉をかけているんですね。
本当に本当にすごい人です。

UkyoFC2No3.jpg

コジオスコ登頂後、シャーロットパスまで縦走中の右京さん

途中でスノーウィーリバーが流れる広大な谷(写真とは反対側)
を見下ろしながら右京さんと2人で斜面に寝そべって暖かいコーヒーを飲んだ
のは忘れられない思い出です。
私がこの仕事をしていて本当によかったと思うのはオーストラリアの各地にいろいろな客様をご案内してオーストラリアの雄大な自然や普通にはなかなか見れない素晴らしい風景と出会う時ですが、それ以上に、様々な人生を生きる様々方々との出会いもたくさんあり、感動がたくさんあります。

前出の大窪康之さんもそうですし、今年(2012年)の年明け早々コジオスコ山にご案内させて頂いた元F1レーサーの片山右京さんとの出会いと彼の生き方は大きな感動を与えてくれるものでした。

片山右京さんをご案内させていただいた3日間は本当に素晴らしい経験で私の中だけで収めておくのは勿体無く、既に私の知人、友人にご紹介させているのですが是非またこの場をお借りしご報告させて頂きたいと思います。

なお、3日間ずっと一緒にいて片山右京さんは私を「クロさん」と呼んで下さり、私も尊敬と親しみを込めて「右京さん」呼ばせて頂いていたのでこれ以下は右京さんと書かせて頂きます。

右京さんは現在、登山家として一番ハードな目標の8000メートル以上の14座の山を厳冬季無酸素単独登頂を目指していて今年の9月から世界最高峰エベレスト(8,848m)に入り12月には登頂をする予定だそうです。
既に右京さんはセブンサミット(世界7大陸最高峰)の内エべレストとオーストラリアのコジオスコ以外は達成しているので今回コジオスコも登っておけば12月にエベレスト登頂に成功した段階でセブンサミットが達成されるというわけです。

簡単な山なので初めは一人で行ってレンタカーでも借りてご自分で登ろうとされていたのですが、事務所のスタッフの方々が気を利かせて山岳専門の旅行会社に依頼して、そこから私に今回のお仕事の依頼が回ってきたという次第です。

私は右京さんが現役を引退されてからF1の解説者としてご活躍されていることは知っていましたが、登山家になっていることは2009年の富士山の遭難事故のときにニュースで初めて知りました。お仲間二人が亡くなる事故で、ただ一人生還した右京さんが世間の非難を浴びたのでした。

私はこのお話には触れてはいけないなと思っていたら、初日キャンベラ空港でお迎えしてキャンベラの町で中華レストランで飲茶を食べながら打ち合わせをしている中で右京さんの方から自然に話してくださいました。
その後の南極行きのための訓練として厳冬期の富士山の登ったのですが、事故から2カ月は家に閉じこもりうつ状態だったそうです。一番自分を責め苦しんだのは右京さんご自身だったのでしょう。

右京さんはもともとF1ドライバーになる前に実は既に登山家であったこと、登山の訓練で自転車を初めて自転車でも活躍していてご自分のチームを持っていること、様々なエピソードなど遭難事故の話を含めて3日間右京さんと一緒にいて移動中の車の中、3日間の3度の食事をしながら、山を一緒に歩きながらいろいろなお話を伺うことができました。
(もちろん私も右京さんのお話を聞いているばかりでなく在豪26年のベテラン アウトドアガイドとしてオーストラリアについていろいろなお話をさせて頂き、熱心に聞いて頂きました。)

右京さんは高校時代は日大三校で陸上部に所属し長距離選手だったそうでなんと、学年が一つだけ上で東京の高校の陸上部だった私とは支部大会や南関東大会の予選会などで立川市営陸上競技場で奇遇にも頻繁にニアミスしていたようです。400mと400mハードルが専門種目だった私とは面識はないのですが同じ競技場に2年は重なっていたので走る姿をお互いに見ていたり、すれ違って可能性は十分にあります。奇遇です。不思議な縁を感じました。

右京さんはその後、波乱万丈な人生を歩むのですがだんだんと陸上よりもバイクや車に興味を持ちだし、鈴鹿などでいきなりカーレースで優勝したりして、高校を卒業する時には担任の先生に「F1レーサーに」なりますと言ってフォーミュラ1の入門編の「フォーミュラ フォード」でレースをするためイギリスに行くことを決意します。(日本では「FJ1600」が「フォーミュラ フォード」と同等の入門クラスです。)

ちなみに「フォーミュラ フォード」はオーストラリアにもあって、私は20年くらい前にシドニー南西部の「ORAN PARK」というレース場で「フォーミュラ フォード レーシング スクール ツアー」というのを企画していたことがあります。
 元オーストラリア チャンピオンのインストラクターの指導を受けながら2日間フォーミュラカーにたっぷりと乗れてシドニー観光もできるのです。実際このツアーは宣伝の仕方が悪かったため(今の様にインターネットなどない時代でしたから。。。)うまくいきませんでした。
それでも初め企画のときに私も生徒としてスクールを体験してフォーミュラカーを運転させてもらったときにインストラクターに「なかなか筋が良い」とほめられたのでその時に舞い上がって、私も「F1レーサーになる!」と決意していたら片山右京さんのライバルになっていて、今とは違う人生だったかもしれません(笑)。それを右京さんに言ったら笑っていましたが。。

そしてイギリスに行くことを決めた片山さんですが、なんと「イギリスの首都はパリ」と勘違いしてなんとパリ行きのチケットを買うのです。しかも成田空港に行ってカウンターでまるで電車に乗るみたいに「パリまで大人一枚」と言って周囲を驚かせたそうです。そしてイギリスに行くはずがフランスに行ってしまうのです。
これは冗談のような本当の話だそうです。「そのくらいバカだったんですよ、オレ。。」と言って笑っていました。

それでもパリに行った右京さんはフランスの入門編の「フォーミュラ ルノー」のチームに入りそこからめきめきと頭角を現し、フォーミュラ ONE (F1)で活躍するようになるわけです。

ここからのF1での活躍は私が述べるまでもないので省略しますが、ある日F1での限界を感じた右京さんは、ミハエル シューマッハのチームメイトになるというオファーを断り、突然引退するのです。

F1のドライバーを続ければそれなりの結果と収入が期待できたでしょう。引退しても過去の栄光の上にあぐらをかき解説者だけ続けていれば悠々自適な生活が得られたでしょう。

しかし、右京さんはそのどちらも拒み、新たな挑戦を開始します。
登山、、自転車、チャレンジスクール、自動車レースなど様々な活動を通して次代を担う子供たちや若者を育て応援。、さらには身体障害者にも自立支援の活動などもしています。

現在49歳の右京さんですが体を鍛えるために、今回のコジオスコ登頂が終わって成田に着いたら成田から相模原の自宅まで自転車で帰られたそうです。
「後輩や子供たちには自分自身の後ろ姿を見て欲しい。」
「自分が頑張っていなければ子供たちに頑張れなんて言えない」
右京さんはそうおっしゃっていました。
でも頑張れば頑張るほどブログなどに
「おまえ富士山で2人殺したよな。表に出てくるな」
などと非難中傷されるそうです。
それでも「もっともっと(精神的に)強くなれってことですね。」と言っていました。

世の中には自分では何もしていないくせに、こんなに頑張っている人を心ない中傷する無責任でろくでもない人間がたくさんいます。

しかし、右京さんは、自分自身がどんなに苦しみ、傷ついても、それをバネにし、自分が頑張ること、人を励ますことを絶対に止めない。

右京さんにあこがれる末期がんの青年に最後まで「頑張れ!頑張れ!」と励まし続けた時もとても辛かったとも言っていました。

私は3日間、右京さんと一緒にいて命を洗われる思いがしました。
右京さんのお話をうかがいながら何度か涙が出ました。


最終日にはキャンベラでは日本大使館を表敬訪問し、佐藤重和オーストラリア大使と面会する箏もできました。
突然のことでしたが大使館勤務の後輩に対応してもらいました。

アデレードやメルボルンはF1のレースで頻繁に訪れている右京さんですがキャンベラは初めてということで国会議事堂、戦争記念館、奈良平和公園などをご案内させていただき、オーストラリアの国の成り立ちや政治、日豪間の戦争の歴史などの説明に熱心に耳を傾けて頂きました。

戦争記念館では館を出た後しばらく押し黙っていらっしゃったので「どうしましたか?」と聞くと「自分なりにどう吸収していけばいいか考えているんです。」と答えていました。

本当にまじめな方です。腹を抱えて笑うようなエピソードもたくさん伺いましたが、右京さんという方は本当に謙虚で頑張り屋で本当にすごい人です。

私は右京さんの大ファンになり大好きになりましたし、彼の人生が私の生き方にも大きく
影響を与えてくれたと思います。

自転車のチームでオーストラリアにレースや練習に来るかもしれないということですし
私はこれからも片山右京さんの活動を応援していきたいと思います。

是非、片山右京さんを応援して下さい。

右京さん関連のウエッブ サイトは下記の通り

http://k-planning.co.jp/
http://ukyo-katayama.cocolog-nifty.com/

Ukyo1.jpg
コジオスコ頂上付近で片山右京さん(左)と

Ukyo2.jpg
キャンベラの日本大使館で佐藤オーストラリア大使(中央)他と
大窪康之さんが参加してくれた、私のツアーの「オーストラリア最高峰コジオスコ山登頂のトレッキング」ツアーについてのお話です。

コジオスコ山はスノーウィーマウンテンズ国立公園の中にあり冬はスキー場としても人気があります。
スキーリゾートの町、ジンダバインやスレドボまではシドニーから途中、首都キャンベラを通り片道約500キロ、車で5~6時間の道のりです。

ジンダバインには大きな湖がありトラウト類が生息していて、私は初め3泊4日ジンダバインの「トラウトフィッシングキャンプツアー(首都キャンベラ観光つき)」というのをホームページに載せて催行していました。

ところが釣りのお客さんよりも「釣りはいいからコジオスコ山に登りたい」という山登りのお客さんからのお問い合わせが多く来たのです。

というのは、私は釣りも好きですが山登りも好きなので以前はツアーの説明の最後の方に「オプションとしてオーストラリア最高峰コジオスコ山にも登れます。」と書いておいていたのです。ジンダバインからさらに30分ほど山奥に入るとスレドボの村があり、リフトを使えば往復約4時間でコジオスコ山に登れてしまうんです。

この10年来(もっとかな?)日本は山ブームですよね。ですからオーストラリアでコジオスコ山に登りたい方が、ネットで検索して”私の釣りツアー”の中の”コジオスコ山にも登れます”の一言を見つけて問い合わせをして頂いてたというわけです。

コジオスコ山が登頂はハイキングのように簡単に登れるけれども、世界7大陸最高峰、セブンサミットのひとつに数えられていることもあり問い合わせが多くなってきたので私も改めて「オーストラリア最高峰コジオスコ山登頂ツアー」をツアーメニューに加え、最短4時間コースの他に登山愛好家の為にもっと楽しんでもらおうと、登頂後尾根を縦走しシャーロットパスま抜ける8時間19キロコースを加えて本格的に登頂トレッキングツアーを始めました。

 前出した大窪さんや日川さんなど本格的に7サミットを目指していらっしゃる方を初め、2008年には大手旅行会社の依頼で日本山岳会の29名に皆さま、2009年には日本百名山の深田クラブ14名の皆さまを始め今までにたくさんの山岳同好会やご夫婦、個人のお客様をご案内してきました。

今年の初めには元F1レーサーの片山右京さんもご案内させて頂きました。

このブログをご覧になっている皆さまも是非登ってみてはいかがでしょうか?

コジオスコ山頂 日本山岳会
コジオスコ山頂 日本山岳会の皆さまと
アルパインサンレイの花
尾根に咲くアルパインサンレイ
レイクアルビーナ
レイク アルビーナと咲き乱れるスノーデイジー(白)やビリーボタン(黄)
大窪康之さんについてもう少しお話しさせて頂きたいと思います。

大窪さんが2回目の来豪でコジオスコ登頂を果たした時、その後、数日シドニーに滞在するので是非ともシドニーのろう学校に訪問したいとの依頼を受けていました。大窪さんは地元の石川県の金沢でも地域のろう学校をたびたび訪問して子供たちと交流を深めているのです。またNHKの養育テレビなどにも出演しています。

詳しくは 
http://deafookubo.web.fc2.com/index.htm 
を参照してください。

今回はこの機会にオーストラリアのろう学校を訪問して子供たちとの交流の場をもち夢を持って頑張れば実現できるということを伝えたいということです。

そこで私はネットで検索して電話番号を調べ、とりあえずリストの上の方からあたって見ようと思い電話をしてみました。電話を取ってくれた人に趣旨を説明すると「是非、うちの学校に来てください。校長には私から話しておきます。」と初めから良い返事が返って来、すぐに校長からメールが届き日程が決まりました。

それを大窪さんに伝えるととても喜んでくれ「僕は国際手話も勉強してるから楽しみだ」と返事がきました。
日本語の手話と英語や外国語の手話は文法が違うから手話も違うんだそうです。

ところが当日行ってみると「このろう学校では手話は使っていません。」といきなり説明されてしまいました。
「えーっ ではどうやってコミュニケーションをとってるんですか?」と聞くと

校長先生は
「オーストラリアでは耳の聞こえない子供にはその原因や程度に応じてですが、人工内耳を埋め込む手術を施します。世界で初めて人工内耳を開発したのはオーストラリアの企業なんですよ。政府からも手術を受ける子供たちには援助が出ます。このろう学校の役割は人工内耳お手術を受けた子供たちに音声や言葉を認識する訓練を施し普通の学校に送り込むことが目的なのです。」と教えていただきました。

これには大窪さんもびっくり。「オーストラリアは進んでますね。人工内耳は高くて、日本は政府の援助もないし一般のろう者の子供達にはまだまだ高根の花です。」

というわけで、当初大窪さんが手話で話をする予定は大きく変わり、いつものように筆談で日本語で書いて
それを私が英語で通訳するということになりました。ゆっくり大きな声で話せばわかるのです。時には担当の先生が私の言葉をもっと砕いてゆっくりと話してくれながら大窪さんの話に子供達は目を輝かせながら聞き入ってくれました。

7サミットを目指す前、大窪さんはろう者として最年少で北極点と南極点に到達を果たしていました。
その時の話をして北極点と南極点ではどちらが寒いと思いますか?」と問いかけたり、「南極点に着いたときは感動で涙が出たけど、すぐに凍ってしまった。」などの話しに子供達は笑顔で本当に楽しんでいました。

どうしてセブンサミットをめざすようになったのかとの質問に
「ほんとは北極点と南極点を到達したらもう冒険はやめようを思っていたんです。でも地元のろう学校を訪問していたときに子供達に「大窪さんの次の目標は何ですか?」って聞かれてとっさに「セブンサミット登頂です。」って答えちゃったんですよ。それで子供たちにウソをつくわけにはいかないから絶対やらなきゃって。あとには引けなくなっちゃったんです。」と答えていました。

あとでそのことを聞くと実はこれには伏線があって、南極点を目指していたときに南極への船の中で一人に日本人に出会いました。それはセブンサミットを目指してビンソンマシフに行く途中の日川義哲さん。いろいろ話をしているうちに彼に「君もセブンサミットを目指したらどうだ」と言われたそうです。その時は「僕にはとても無理です。」と答えたそうですが、それが頭のどこかにひっかかっていたようです。

実はその日川さん、ビンソンマシフ登頂の前にコジオスコも登っていますがそれを案内したのがこの私だったので縁とは不思議なものです。そしてその後日川義哲さんもセブンサミット登頂を達成するのですが彼は在日韓国人でエベレストは韓国の登山隊と一緒に登り、現在は鄭義哲さんと名乗られています。大窪さんの運命を大きく変えた方と言っても過言ではないでしょう。「出会い」というのは時に人の運命を大きく左右します。

さて、ろう学校訪問は生徒の父兄もたくさん参加してくれたり地元の新聞社や日系のコミュニティー誌の取材も入り大歓迎されました。最後は大窪さんも子供達にもみくちゃにされながら楽しくも素晴らしいひと時を過ごすことができました。




okubobbs4.jpg
ブログ開設3日目なので内容のあるものを書き始めたいと思います。

数日前に「北米のマッキンリー山で雪崩、日本人遭難」のニュースを聞いた時一瞬「まさか!」と思いました。
それは一ヶ月くらい前にろう者の冒険家 大窪康之さんから「これからマッキンリー登頂に挑戦する」という内容のメールを頂いていたからです。

大窪康之さんは現在41歳、2歳のときに病気で聴覚を失い、ろう学校を卒業後、海外旅行や南極点、北極点到達などを経て、世界7大陸最高峰登頂、いわゆるセブンサミット登頂を挑戦中で達成すればろう者で世界初という凄い人です。

私が初めて大窪さんにお会いしたのは2008年の4月の終わりでゴールデンウィークを利用してろう学校時代のお友達を連れて観光がてらオーストラリア大陸最高峰コジオスコ山登頂にやって来て私がご案内させて頂きました。
コジオスコ山というのはオーストラリア大陸最高峰といっても標高が2,228mしかなく、チェアリフトを使うと往復で最短4時間位でトレッキング気分で登れてしまうので私のツアーでも一般の方がたくさん参加されます。

しかしその時は運悪く登山の前夜から季節外れの雪が降り出し当日の朝は猛吹雪になっていました。例年より4週間以上も早い初雪で登山道に50cm以上の雪が積もり、国立公園事務所も登山道を閉鎖するしかなく、大窪さんは何とか一人でも登る方法はないかと私に交渉を依頼してきましたが、私も何度も登っている山ですから雪の装備さえあれば案内できたかもしれませんが、まさかの雪に装備も不十分だし、こんな簡単な山で万が一のことがあってはいけないので、残念ながらずあきらめてもらうしかありませんでした。
大窪さんも分かってくれ「冒険に失敗はつきものです。必ずまた来ます。」と紙に書いて、にこっと笑ってくれました。

ちなみに大窪さんも含めて3人とも耳の聞こえない方ですから会話はすべて筆談です。移動の車の中では私は運転しながら黙っているしかありません。3人は手話などで何やら話しているのですが私にはわかりません。
途中の休憩や食事の合間あるいはホテルなどで筆談でたくさんの会話をしました。その時の殴り書いたノートや紙の束が今でも懐かしく私の手元に残っています。

そして翌2009年2月真夏のベストシーズンに大窪さんは再び、今度は一人でシドニーにやって来、無事コジオスコに登頂しました。その時は観光はいいからシドニーのろう学校を訪問したいとのことで、登頂後、私の家に泊まってもらいながら前もって連絡を取っておいたろう学校を訪問したり、ビーチでBBQしたりしました。

大窪さんは2回目のオーストラリア訪問の直前に南極大陸最高峰ビンソンマシフ(4,892m)それ以前に既にアフリカ最高峰キリマンジャロ(5,895m)を登頂していました。

その後2009年9月ヨーロッパ大陸最高峰エルブルスに頂上直前で悪天候の為、断念。翌2010年1月南米アコンカグア(6,959m)登頂成功、同年9月エルブルス細動挑戦し、登頂成功。見事5大陸最高峰登頂を達成しました。

残るはマッキンリー(6,194m)と世界最高峰のエベレスト(8,848m)の最難関です。

さて本題に戻りますが、今回遭難したのは大窪さんではありませんでした。

現在大窪さんが挑戦中のマッキンリーは皆さんもご存じの通り、冒険家の植村直己さんが遭難した山で、今回雪崩に巻き込まれ遭難した方たちもかなりのベテランだった様です。あと30分で目的のキャンプ地にたどりつく直前の出来事だったそうですが本当に残念です。今年は特に天候が悪く厳しいという情報もあるそうです。

ろう者である大窪さんは個人では当局からの入山許可が下りなかったので日本人のベテラン登山家3人とパーティーを組んで今まさに登頂に挑んでいる最中だと思いますが登頂の成功と無事の生還を祈らずにはいられません。

大窪康之さんの冒険の経歴などは下記のサイトで
http://deafookubo.web.fc2.com/index.htm

写真は大窪さんとコジオスコ山頂で。
大窪康之さんとコジオスコ山頂で

2012.06.20 いいわけ
実は今年年頭の決意が「ホームページをしっかり更新する」
と「ブログを始める」だったんですが、「どのブログを使おうか。。。」
と検索したりしていろいろあちこち眺めているうちに
どんどん仕事が忙しくなって来て。。。現在に至っております。

ほんとにこの数年とっても忙しかったんです。
特にあのリーマンショック以降なぜだかどんどんと忙しくなりました。
昨年の東北の震災の後もキャンセルもまったくありませんでした。

もともと私のお客さんは個人の釣り人であったり、中高年の登山愛好家であったり、
個人旅行の家族やご夫婦であったりとあまり大人数ではありませんので
景気や社会的状況に左右されない方が多いのではないかと思います。

震災の直後のゴールデンウィークに3泊4日間のダーウィンへの釣りの
ツアーに予約して下さったお客様に「こんなご時世ですからキャンセルしても
キャンセルチャージは一切不要ですよ」とメールしたら
「いやこんなご時世だからキャンセルしないで行きます。
 世間一般は自粛ムードですが、こんな時こそ経済の停滞を起こしてはなりません。」
という内容の心強い返信を頂きました。

さて、そんなわけでお陰さまでずーっと忙しかったのでホームページも
ほったらかし、ブログも何もしないままでした。

いろいろな知り合いから「クロさん、なんでブログやらないの?」
「クロさんみたいにあちこち飛び回っていろんなことしているんだったら
面白いブログがぜったい書けるよ」「仕事にもメリットになるよ」
とか言われ続けてきたのですがPC音痴でPCの前に座るのが嫌いな私は
ブログもしない(できない)しホームページの管理も人任せだったのです。

でもネットで検索していろいろ見てみるとこのFC2ブログというのが
「初心者にもやさしくて人気がある」ということで取り合えず
始めてみました。

言い訳が長くなってしまいましたが、3日坊主にならないように頑張ります。
今さらですが、ブログを始めようと思います。
数年前まではツアーのサイトの中の画像掲示板を使って
催行したツアーの紹介などしていましたが、忙しくなりすぎて
中断してそのままになっておりました。
何卒よろしくお願い致します。

KIツアー 黒沢 亜都志
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